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主観と客観。

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主観と客観。







魔物を相手に戦う公式冒険者の集団、
所謂個人ギルドの一つであるZempことZekeZeroHampは、
現在大陸西部に位置する大国、
フォートディベルエの首都シュテルーブルに所属している。
彼らが集団生活を行うギルド寮で、
マスターのフェイヤー・ヤンは、ロッキングチェアを揺らしていた。
今日の仕事も無事終わり、全員五体満足で帰ってこれた。
大陸最大の都会であるシュテルーブルの住人が、
務める職業として似つかわしくないことに、
危険地帯に赴き、凶暴な魔物を駆除する冒険者家業は、
何時、何が起こるか判らない。
今朝、笑っていた仲間が、
夕方、物言わぬ姿になって帰って来ることだって珍しくはない。
誰も欠けることなく、今日という日を終わらせることが出来た、
メンバー達の優秀さに感謝する。
冷たいコーヒーを少しずつ飲みながら、
居間で思い思いに寛ぐ仲間を眺め、
フェイヤーは腹に溜まっていたものを吐き出すように、染々と呟いた。
「平和だなあ。」

彼の眼下ではノエルとユッシが、子猫のようにじゃれ合っている。
「もー いい加減にしろよ!」
「いいだろ、それぐらい!」
幼い頃から面倒を見てきたが、この二人の仲の良さは変わることがない。
キャイキャイと騒ぐ彼らの横では、
鉄火と紅怜が難しい顔で話し合っている。
「いいじゃん、別に。」
「駄目だ。むしろ、どこにいい要素がある。」
「そんな頭ごなしに決めつけなくてもいいじゃんっての。」
今度は何を検討しているのだろうか。
今日の戦利品についてだろうか、それとも次の狩場だろうか。
なんにしろ、メンバーたちの統括を含め、
しっかり者の彼らに任せておけば安心だ。
「だから敦さん、ここがいいと思うんすよ。」
「せやろか? わいはこっちのがええと思うけどな?」
仲間の輪に混ざろうとせず、単独行動が目立っていた祀も、
最近出来た友達の敦と一緒に遊びの計画を立てており、
新人で年若く、何かと危なっかしいポールには、
先輩のジョーカーとヒゲが丁寧に指導を行っている。
「大丈夫だって、ポール君。ボクらに任せておきなよ。」
「うむ! 何事も為せば成る!」
「そうでしょうか? オレには、そう思えないんですけど。」
二人に励まされても、不安そうな顔をポールはしているが、
彼もいつか、誰かを励ます立場になっていくのだろう。

余り平穏な人生を送ってきた方ではないだけに、
こんな穏やかな日々が過ごせるとは思っていなかった。
いや、今でさえ、何処か借り物めいた違和感が、
心の何処かに引っ掛かっている。
こんな生活を送っていてよいのだろうか。
他にするべき事があるのではないか。
そんな焦燥感が胸の奥から沸き上がってくる。
昔の自分が今の状況を見たら、なんと言うだろう。
堕落だと嘲り、唾を吐き、罵詈雑言を並べるに違いない。
「あの日を、あの屈辱を忘れたのか?」と。

あの絶望を、憎悪を忘れるなど、あるはずがない。
どれだけ月日が流れても、
あの日の記憶は鮮明に己の無力を責めたてるばかりで、薄れはしない。
今だって、何時だって、総てを棄てて行ける。
けれども。

これで良いと思う自分がいるのも事実なのだ。
今の生活を愛おしいと思うことも、けして間違いではないと。
平和で安穏とした幸せを感じる権利は、
自分にはないかもしれない。
それでも、幸福は確かに此処にもあるのだ。

それを証明するように、優しい声が耳を打つ。
「フェイさん、もう一杯コーヒーを飲む?」
静かに微笑んで、フェイヤーは首を横に振った。
「大丈夫だよ、ユーリさん。自分でやるから。」
困ったように子首を傾げた、麗しいメンバーの一人を優しく手で制し、
彼は言葉通り立ち上がった。
「こんな落ち着いた、良い生活をさせて貰って、
 コーヒーまで淹れて貰ってたらバチが当たっちゃうよ。」
そんな軽口を叩きながら、台所に向かうギルドマスターの背中を眺め、
ユーリはますます困ったように眉を寄せて、
フェイヤーが見つめていた居間の友人たちを眺めた。

まず、ノエルとユッシが激しく言い争っている。
「ふざけんな! 人のものを勝手に持ち出して、
 壊して、更に返しもしないってどういうことだよ!」
「いいだろ! ノルのものはうちのものだ!」
「そんなわけあるか! 後、ノルって言うな!」
この二人は幼馴染だけに遠慮がないが、ユッシの態度は度が過ぎている。
ノエルが怒るのも当然で、放っておけば殴り合いに発展しかねない。
その隣で揉める鉄火と紅玲の雰囲気も険悪だ。
「一体何が不満なわけ? 
 サーシャちゃんは凄くしっかりもので気が利く、
 優しい良い子なんだよ? デートの一回や二回、
 付き合ってあげればいいじゃん。」
「その気もねえのに半端な態度取るほうが、よっぽど悪ぃだろうが。」
「だから何でその気にならないんだっての。
 あんな良い子、ユーリさんを除けばそうは居ないよ!
 そりゃちょっと、料理の腕が死人が出る単位で壊滅的だし、
 結構、猫かぶるし、実は男の娘だけど!」
「そう言う問題じゃねえ! いや、それもそれでどうかと思うが、
 本当、お前色々と酷すぎるな!」
恋人同士という関係を解消した後も、
鉄火の気持ちが、そして自分の気持ちが何処にあるか、
痛いほど知っているだろうに、
どうして紅玲はああやって、意地の悪い真似をするのだろうか。
素直ではないにもほどがある。

だが、喧嘩していなければいいというものでもない。
「だから罠を貼るなら、絶対ここですって。
 あいつら、直情型のアホばかりですかんな。
 何も見ないで突っ込んで、落ちるに決まってまさぁね。
 動けなくなったところに石投げつけてやりましょうや。」
「ついでやから、泥水も仕込んどこうや。
 で、抜けてきた奴はこっちに誘い込んで袋叩きやね。」
一体、祀と敦はなんの計画を練っているのか。
この二人は必要以上に負けん気が強く、
やると決めたら、やらなくていいことでもやる。
今回も早めに止めないと大きな問題に発展しそうだ。
また、止めるべきなのは、
ポールを巻き込もうとしているジョーカーとヒゲもだ。
「大丈夫だから、一緒に行こうよ!
 ここは良い具合に死角になってるから、絶対バレないって!」
「風も強いからスカートもめくれやすいですしな!
 正にパンシが見放題! 一時間に3枚は硬い!」
「でも、バレたら普通に犯罪じゃないですか。
 それにオレ、そこまでして見たくないんですけど。」
先達者として見本となるどころか、
悪の道に引きずり込もうとしている。
どうして教えるべきことは面倒がってやらないくせに、
駄目なことは進んで吹き込みたがるのだろうか。
それに本人たちはイタズラ程度の感覚かもしれないが、
ポールが懸念しているとおり、やっていい範囲を超えている。
 
「これって平和で、落ち着いているかしら?」
嘆息と共に零されたユーリの疑念が個人の主観で、
人に寄って異なったとしても、
この後、喧騒がますます激化することは間違いない。

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